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ICのような最先端商品では、四年ごとに四倍といったペースで集積度が上昇する。
したがって、生産を中止して四年後に再開しようと試みても、以前の技術では「一世代古い」製品しか作ることができず、市場での競争力が心配である。
そうした事態を避けるための研究技術水準を、常に社内で保持しょうとすれば、将来の生産再開が不明という条件のもとでは、機会費用が高くつきすぎてしまう。
このように、「不可逆性」という考え方を、為替レートの変動に対する生産再拡大への反応が、きわめて鈍いといわれるアメリカ経済社会の現実にあてはめ、個別産業ごとに検証してみるとどうなるか。
「不可逆性」という考え方は、生産、投資、研究開発といった供給面に焦点を当てているため、それがもっとも典型的にあてはまるのは、組立て加工型の業種、資本財であろうと予想された。
実際、プラザ合意後のドル安転換下でも根を張っている輸入の中で、資本財の増勢がもっとも高いのである。
もちろん、これには、日本企業の対米直接投資にともなって、日本からの関連機械類の輸入が増えている、あるいはアメリカ機械メーカーの価格設定が高すぎるなど、他の理由もあげられようが、基本的にはこの考え方の有効性を示しているものと考えられる。
そこで筆者は、アメリカの産業群を、この「不可逆性」に留意しつつ七つの分野に分類し、およそ八九年までの輸出入の変化をフォローして、為替調整の効果を測定してみた(『アメリカの産業戦略』東洋経済新報社)。
ここでは、その結果得られた結論だけを述べておくが、大ざっぱに計算して、農産物を含む輸出入の各約四割しかドルの変動には反応していないのである。
すなわち、貿易収支が為替レートで補正できる範囲は「教科書」が想定しているほど全面的なものではないことが、こうした分析からも確認される。
と同時に、産業ごとに不可逆性の視点を導入することによって、ある特定の時期のアメリカ産業における為替調整の機能する分野が、ある程度まで具体的に特定される。
とすれば、アメリカ側にとっての処方室も、古典的な貿易理論やクルーグマンのMAモデルから導き出される「全面的円高戦略」にはならないはずである。
隠された日本産業の疲弊ただし、ここで急いで強調しておかなければならないことがある。
以上の考察は、いずれも輸出入統計をドル・ベースでとらえたものである。
したがって、プラザ合意がアメリカの期待した貿易収支の改善をもたらさなかったからといって、それは日本側輸出企業のダメージが僅少であったことを意味するものではない。
対米貿易が基本的にドル建てで行われるなかで、四割もドルの価値が下がれば、日本側輸出企業は、まずはドルの建値の引き上げによって円の手取りを確保するしかない。
建値を引き上げて、なおどれほどの手取りの目減りに耐えられるか。
リストラその他、日本企業の対応がさまざまに議論されたものの、八〇年代の後半という時期は、何といっても日本経済全体がバブルによる含み益に潤されていた。
貿易収支全体の数字だけを眺めれば、日本の輸出産業は無事、急激な円高の波を乗り切ったかに見える。
しかし、日本の製造業は、その円高を乗り切るなかで、確実に体力をすり減らしていたのである。
九〇年にバブルが破砕し、さらに円高の趨勢が強まると、日本のモノ作り部門の被ったダメージは一気に顕在化する。
その過程は、九〇年代に入ってからの、より長期的な貿易構造の変化とともに、あらためて次章で検討してみたい。
膨大な為替差損さて、以上、プラザ合意が貿易収支に与えた影響について比較的詳しく検討してきたが、これらの点は、貿易収支の均衡がプラザ合意のいわば大義名分であったため、これまでにも折にふれ議論の的にならざるを得なかった。
ところが、第二のテーマであるマネー関係となると、プラザ合意がもたらした影響の甚大さに比して、深く議論されることが少ない。
わが国では政府も民間も、モノ作り部門における円高対策を論ずるのみで、日米間のマネー問題を避け、これをタブー視してきたのではないか、とさえ感じられる。
マネー部門におけるプラザ合意後の経過は、八〇年代前半の日米経済が、いかに奇妙な相互依存の道を選んでしまったかを、いっそうあからさまに示していた。
それはアメリカが貿易収支の不均衡是正に失敗した以上に深刻な問題を、今度は日本に突きつけることになった。
アメリカにとって、大幅なドル安への転換にもかかわらず、目に見えた貿易赤字の圧縮が実現できなかったことは、たしかにちょっとした誤算ではあったろう。
アメリカ産業の「不可逆性」についてはある程度まで予想できたにしても、為替と貿易収支全般を、時間差を挟んで結びつける「ヒステリシス」理論は、いわば後講釈であって、レーガン政権が、あらかじめこれを頭に入れていたとは、とうてい考えられない。
もしそうであれば、より早期にドル安への転換を図るか、あるいは強力な輸入抑制措置をとったであろう。
対外債務国化が目前に迫っているというのに、なお「教科書」を信じていたアメリカの通商政策担当者にとって、全ては遅過ぎた感もある。
しかし、予想の範囲を大きく越えたドルの下落が、日本側にもたらした被害は、いっそう深刻であった。
八〇年代の初めから日米間の金利差やドル高の趨勢を誘因として、膨大なジャパン・マネーがアメリカに流入したが、急激な円高・ドル安で、それら日本のドル資産は四割も価値を失ってしまった。
アメリカ国債を買いまくった生保などの機関投資家、証券会社の勧めるままにそれを購入した個人投資家に、巨大な為替差損が発生したのである。
ドルの急激な減価は、日本がドル債を積み上げたところを見定めたようにやってきた。
高過ぎるドルが、巨額の貿易収支の黒字を生み、日本の経常収支の黒字を膨張させただけ、ドル安にともなう為替差損も大きかった。
八一~八五年の経常黒字約一二〇〇億ドルのうち約半分を'日本は対米環流していたといえるが、プラザ合意によって生じた日本の対外純資産の為替差損は、約三・五兆円に達したと見られる。
生保など機関投資家や個人投資家のみならず、輸出企業もまた、ドル高時代のドル建ての輸出代金をドル債にふりあてていれば、代金が約六割に減額して支払われているようなものである。
企業の決算に、一五%を超える為替差損のみを計上すればよい、という日本独特の「一五%ルール」がやがて導入されることになるが、四割に及ぶ差損では、この目こぼしも通用しない。
ドル安にともなう対米資産の価値の下落は、以後の対米投資分に対する、さらなるドル安の加速で膨らみ、長期にわたるデフレ圧力となって日本経済を苦しめることになる。
この重大な結果を導いた原因は、日本からの巨額の対米投資が、貿易同様、「ドル建て」で行われたことである。
投資額が積み上がったところで、ドルが大きく切り下がった。
為替差損という、もたらされた結果にくらべて驚くほど単純な事実をあげるしかない。
しかし、大規模な資本の流入が、流入国の通貨建てで行われるという例は、歴史的にも、また現代の国際社会の常識に照らしても、めずらしい現象だといってよいだろう。
歴史的には、国際経済においては、やはり相当規模の資本輸入を行っている中南米諸国と比較してみるといい。
これらの諸国では、資本の輸入をメキシコ・ペソなどの自国通貨建てで行うことができず、債権国の通貨、すなわちドル建てを原則としている。
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